KOCHI YOUJYO LIONS CLUB
01 高知鷹城ライオンズクラブ
Kochi Youjyo Lions Club
2006年 1月号
02
10月29日「あなたの愛を」パレード 11月27日 ちびっ子遍路ウォーク
国分寺→善楽時→竹林寺
○ライオンズクラブ モットー 
『We Serve』(我々は奉仕する)
○国際会長スローガン
『飛躍への情熱』
○336−A地区 ガバナースローガン
『ライオンよ、誇りを持ってウィサーブ』
キーワード『PRIDE』

○クラブ会長スローガン
『ライオンズ・ルネッサンス』
12月1日第1108回(忘年例会)

2005.12.01 地区年間行事予定に第89回ライオンズクラブ国際大会の日程を変更しました。
2005.11.30 地区委員会からに『第18回国際平和ポスターコンテスト地区審査結果』を公開。
2005.11.26 2005-2006年度地区誌第二号(第52巻)を発行。
2005.11.22 キャビネットニュースに『第52回地区年次大会予備登録のお願い』を掲載。
2005.11.24 キャビネットニュースに『2005年7-9月例会出席率一覧表』を訂正しました。
2005.11.21 キャビネットニュースに『スマトラ沖地震津波復興支援活動に関するメッセージ』を掲載。
 


高知鷹城ライオンズクラブ
弘内喜代志
 皆様、明けましておめでとうございます。
穏やかな新しい年をお過ごしのこととお喜び申し上げます。
 昨年の7月に会長に就任し、あっという間の半年でした。
就任早々の「ちびっ子サマーキャンプ」では、丁度国土交通省の「湖水まつり」と重なりまして「ロッククライミング」「木工教室」「カヌー教室」「花火」など多彩な催しに参加することができました。又、宿泊は廃校になった小学校でしたがプールが併設されていまして参加した子供達と我々大人がワイワイ言いながら泳いだことがとても印象深いものです。
 私にとりましては、お釜でご飯を炊いたことが驚きでした。
薪の火力の強いこと。強いこと。あっという間に炊き上がってしまいました。
日頃、電器炊飯器など文明の利器に慣れ親しんだ我々が今更ながらに自然の力には驚かされした。おこげのあつあつのご飯を堪能いたしました。
 そして「ちびっ子遍路ウォーク」です。
 当初参加が少なくてやきもきしましたが、そこは高知鷹城ライオンズクラブの力です。最終的には、120名を越す人々が参加してくれました。
 国分寺、善楽寺、竹林寺と全工程16キロの遍路道を7班編成で歩きました。班旗を先頭に歩く姿は勇壮でちょつと自慢で誇らしいものでした。小さいこども達が一生懸命あるく姿は「感動」でした。善楽寺での豚汁のご接待、大島地区の皆さんのお茶とみかんのご接待、そして竹林寺での「ぜんざい」のご接待どれも心のこもった暖かい気持ちにさせられました。関係者の皆様感謝です。ありがとうございました。
 まだ、任期は6月まで半年あります。会員の皆様、よりいっそうのご協力をお願いいたします。
 
皆さんご協力を!! 参加者の皆さん お疲れ様でした
スタッフ(事前)の打ち合わせ風景
  国分寺の住職から由来など説明を聞くちびっ子遍路さん
 
 
楽しかった遍路ウォーク
中田 勝也
今日の遍路ウォークはすごく楽しかったです。
色んな事をおしえてもらえたりしたし、初めてだったのでいいけいけんにも、なりました。
それに、途中で食べたとんじるも、とってもおいしかったです。
みんなと楽しくあるけたし、遍路ウォークがどういうものか分かりました。
1400キロメートルあるいた人はすごいと思いました。
自分は、15キロメートル歩くだけですごくつかれたのに、1400キロメートルをあるくってどれくらいすごいのか分かりました。ちくりん寺について、15キロメートルあるききったときはすごくうれしかったです。
そこで食べたぜんざいもおいしかったです。
遍路ウォークに出て、いい経験になって良かったです。

国分寺をスタート皆様ガンバッテ!

ちびっこへんろうぉく
わたなべ はるこ
ちびっこへんろうぉくにいきました。
ばすはたのしかったです。
かまでおいしいぜんざいをたべました。おいしかったです。さいごまでがんばろうとしたけどとちゅうであしがいたくなって、くるまにのせてもらいました。ざんねんでした。こんどいくときは、さいごまであるいてごーるしたいです。

ふくわうちさんの善意でトイレ休憩
有難う御座いました

楽しかった遍路ウォーク
山崎 拓哉
ぼくは、今日、遍路ウォークにいきました。さいしょに国分寺にいって、つぎに、善楽寺にいきました。竹林寺まであとすこしでした。善楽寺でとんじるをもらいました。とってもおいしかったです。次に竹林寺にいきました。いっていると、2はんがちがう道をとおっていたのです!さいしょついてきていたけど、とちゅうで道がわからなくなったのです。そして、すぐそこのまがりかどであうことにしたのです。
そして、しんごうを6個ぐらいわたり、ようやく竹林寺がみえました。ぼくは、「やっとついた」と思ったら、まだ、山のぼりがあります。ぼくは、「まだ山の道がのこってんおかよー」と思いました。そのうち、歩いたりして走ったりして、ようやくかいだんがみえました。「このかいだんをのぼれば、ようやくつくー」とおもったら、もう一つさかみちがあります。ぼくは、「だるー」とおもいました。竹林寺につくと、おぜんざいをもらいました。ぼくは、あずきぎらいで、あずきをいれてもらいませんでした。ぼくは、「きつかったけどたのしかったなー」と思いました。

昼食には豚汁の御接待で大好評でした。

ヘンロウォーク
宮脇 翔也
11月29日ヘンロウォークへいきました。
始めは楽しそうだと思っていたけどすごいみちのりでした。ずんずんつえをついてあるいていると始めの休けいばしょがみえました。
そして休んでまたずんずんあるいていると寺にでました。そこでおがんでいると百円玉がおちていたのでおさいせん箱へいれました。そしてまたずんずんあるいていて、もう山なんかこしたこしたとおもっていたけど、まだこしてないといわれました。
そして足がいたくなってきました。
ぼくが、「もう歩けんギブアップしたい」といいました。おっちゃんが「男やろがまんせえ」といいました。そしてまたずんずん歩いていると2かいめの休けいばしょにつきました。
おせったいでおちゃとみかんをいただきました。
そして、やまをのぼりました。そして、まきのしょくぶつえんをこえておへんろへつきました。
ゴールというもじがかざられていました。ものすごくおいしいぜんざいをたべさせていただきました。そして、たべていておかわりをしてたべて、そして図書カードをもらいました。帰る前の話がおわってバスにのってかえりました。
とても歩いてつかれたけど楽しかったです。

(大島地区)地元の方から
 みかんとお茶の接待(御世話になりました)

もう少しでゴールの竹林寺ガンバッテ!!

ちびっこへん路ウォーク                   可知 実鈴
この前、ちびっこへん路ウォークに行きました。いろんなお寺を回りました。三つ回りました。一番はじめのお寺は、国分寺でした。
そこで、おぼうさんのお話を聞きました。一番いんしょうに残ったお話は、昔、旅をしていた人がいて、だれも家にとまらせてくれなかったから、橋の下にねました。だから今もいるかもしれないから、橋の上では、つえをついてはいけないそうです。
そして、話が終わったので竹のつえをもらって、出発しました。お寺にいた、おじさんやおばさんが、「がんばってね」と言ってくれたのでうれしかったです。そして、草っ原を歩いて、橋の所まで来ました。
みんな、橋のことでしゃべっていました。そして、草っ原やふつうのコンクリートの道を歩いて、安楽寺に着きました。
ちょう度お昼になったので、とん汁をもらって、ごはんやおかずといっしょに食べました。農家の人が作ってくれた、おかずは、とってもおいしかったです。となりに神社があったので、おがんでから、また出発しました。
そして、きつい坂道をのぼって、とうとう町中にきました。私は一班でした。そして、二班が後にいるかなと思ったから、後を見たら二班がいませんでした。どこだろうと、回りを見ていたら、遠くにいました。
そして、歩いていたら、86歳のおじいさんに出合いました。86歳なのにすごく元気だったからびっくりしました。そして、ついに300だんくらいのかいだんを上りました。すごくつかれました。そして上りきった所は、まきの植物園でした。そして、五じゅうのとうまで、歩きました。そこで、ぜんざいをもらいました。
おいしかったです。
そして、図書けんをもらって帰りました。一日中、楽しいことだらけで、うれしかったです。ちょっとつかれたけどまたやりたいです。


竹林寺では疲れた体に甘−い ぜんざいの接待

皆さん長い道のり本当にお疲れ様でした

「ちびっ子遍路ウォークに参加して」      七班 班長 池 一予
皆様、ちびっ子遍路ウォークお疲れ様でした。
初めて参加させて頂き良い思い出となりました。
私は近くのスーパーに買い物に行くのも自動車。自転車も年1回乗るか乗らないかでスポーツもしていませんし、14kmも歩けるか不安でした。朝5時に起き、6時過ぎ自宅を出発! 神田の従兄弟の子2人を迎えに行きそして五台山に。集合時間ギリギリで、もう皆さん準備して頂だいていて朝早くご苦労様でした。国分寺までバスの中、海老塚さんと座っていました。カメラは持ったか?飴・ガムは?って遠足気分の私を見て笑っていました。
 国分寺を出発の時“さー頑張ろう”って思い、歩き始めお昼まで長かったですネ!途中足も痛くなり、六班の管さんが私よりずっと先輩ですのに、さすがゴルフで鍛えられていて歩けない5歳位の子供を抱っこして前を歩いていらしゃり、私も頑張らないとって思いながら、お茶も飲みたいもののトイレに行きたくなったら大変と心配をしながら歩きました。一度休憩となり、子供達に飴を差し上げて回っているうちに“ハイ出発”の声、お昼はいつもより早く朝食をとっていましたから、おにぎり豚汁の美味しかったこと!お昼を食べ、トイレに行ったら“ハイ出発”の声。七班でしたので休憩が少なく又、友人のグループをお誘いしていましたから、一緒に話したり、一緒に写真も撮りたかったのですが、時間もなく“お誘いしたのに少し申し訳ないな”って思いました。
 五台山に到着した時、友人の方に“お昼にもう少し時間があったら良かったね!でも休憩が長すぎてもうるさくなるから”って言って頂き ニコニコとおぜんざいをいただいていましたのでホッとしました。
 途中コスモスの花畑が在り、綺麗で写真を撮りました。山道は大変でしたが無事五台山まで歩け、学生の頃マラソンで完走した気分で本当に嬉しかったです。
 “歩けば少しダイエットになるのか”って期待していました。1キロ減で“もう少し減ってほしかったなアー”と思いましたが、それが今も1キロ減ですのでありがたい事です。夜の打ち上げも本当に楽しく、皆様と笑いながら美味しいお酒を頂きました。皆様お疲れ様でした。楽しかったです。有難う御座いました。
 
たまたま竹林寺に参拝にこられた名古屋太閤LCの前幹事片浦健司様よりドネーションをいただきました。感謝。
 当日、四国遍路をご夫婦で廻られていた片浦さんが「ライオンズクラブの方々ですか?ドネーションさせていただきます。
ご苦労様です」と、貴重なドネーションを頂きました。そしてしばらくライオン談義に花を咲かせました。
 
忘年例会の挨拶をする弘内会長 皆様 本年はお疲れ様でした
      来年も宜しくお願い致します

高知大学 アジア・僻地医療を支援する会
マジシャンよる素晴らしい余興
12月3日 清掃ご苦労様でした。  
 
L山中 隆寛
@私の仕事……(宗)天満宮で奉務する神職です。
A趣  味……読書、スポーツ観戦
Bその他……新入会員オリエンテーションに出席させて頂きまして、ライオンズ精神である「我々は奉仕する」という言葉を学び、これから心におきまして、ライオンズ活動に精進致したいとおもいますので、皆様よろしくお願い致します。
 
安岡君の思い出

L 方円 正久
 暖かい日が続いた後、急に寒くなって来た晩秋の午後、知人の内科医の慌てあ電話に緊急入院先へと急ぐ。
 軽く目を閉じ静かに横たわる額の上の少しずれた見馴れた眼鏡が妙に気になる。
 見舞いの問いに、「聞こえゆう」と細い声。苦悶の様子は見られなかったが、その一週間後、ついに不帰の客となる。平成17年11月18日早朝、享年77歳であった。
 前立腺から始まり次々と他の臓器を蝕む病魔に取りつかれて5年。持ち前の強靱な体力と粘り強い、それに勝る気力で全身の不調に耐えながらも普通に近い生活を送ってきたのではないだろうか。
 思えば、中学3年B組で同じクラスであった。背丈で決められていた席順の関係でその当時の事は、あまり記憶にないが、特に親しくなったのは、当LC入会の時以来で40年程前のL岸が会長の時であった。スポンサーは幹事の谷岡君で当時一人の推薦で二人の入会は珍しいと云われた。「安岡君はとっつきは良くないが方円君はその反対で……」と意味深長な紹介を覚えている。そのとっつきをアルコールが解消する。飲む程に、酔う程に本当によい酒であった。他人のこと、気に障ること、仕事のこと等話題にする事なく、世間に疎い私とも良く付き合ってくれ遙かに大人であった。ダンディーな人であった。
 ゴルフにカラオケは勿論のこと、謡曲は宝生流師匠、書は特級、油絵など、趣味も数多く、どれも玄人の域、安岡流の合理的な宴会マナー等、数々の思い出はつきない。
 今年2月の喜寿の例会の後、何時ものバーで歌った北島三郎の「橋」。往年の美声にはほど遠かったものの、枯淡の境地に達した、静かなさびの効いた歌声は胸に迫り来るものがあった。「安岡です。今度の例会どうします――。」今にも電話が掛かって来そうな気がする。
 ご子息夫妻を立派な跡継ぎに育て上げ、安岡眼科は安泰です。安らかにお眠り下さい。
■高知鷹城ライオンズクラブ
■平成16年8月26日発行 ■事務局 高知市鷹匠町1-3-35三翠園内
■TEL 088-875-7122 ■FAX 088-875-3366
■E-mail yojo@kochi-lionsclub.org
■URL http://yojo.kochi-lionsclub.org/
■発行者 会長 弘内喜代志/幹事 松村 幸生/会報委員長 刈谷志毛雄/
■会報委員 中谷 正彦、川村 公康、嶋崎 誠史、筒井 継男、山口 貴照、森  安夫
■編集責任者 刈谷志毛雄
 
ウィンドウを閉じるトップページに戻る